さぁ、問題はこの消せないエレクトロライト

手にする度に見え方が変わる

 

時々取り出しては

 

自分の気持ちを確認する

 

私だけの

 

タイムカプセル

 

 

 

 

 

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ずっと吹っ切れずにいた。

 

楽しい思い出だけじゃなくても

私には彼との日々そのものが重すぎる荷物だ。

どんな風に過ごしても

頭から振り払えずにいたのだった。

 

何度眠って何度目が覚めても

彼がいるのは夢の中だけだ。

騙されたままでいれば

もっと傍にいられただろうか?

私さえ我慢していれば

彼の隣に今もいただろうか?

 

毎日そんなことを考えては

布団に潜り何もせず過ごしていた。

 

ある日 高校の同級生だった子が

男を紹介すると言って

私を連れだした。

正直そんなもの要らなかったし

はっきり迷惑だったけれど

きっと彼女なりに

元気づけてくれようとしているのだと思った。

 

カラオケへ行き

そこそこ歌ったところで

それぞれの恋愛の話になった。

 

私を連れだした彼女は

私と彼の話をした。

 

「その彼実は結婚してたんじゃない?」

 

男の一人が言った。

 

「借金があるっていう割に車2台持ってたり

デートコースが常に密室だったみたいだし変だよね」

 

自分でも薄らと気になっていた部分を

他人に指摘されると

急に現実のもののように

輪郭がハッキリするのは何故だろう。

 

それまで見ないようにしていたからか

信じないようにしていたからか

朧気で最早真実が何かなど

どうだっていいところを

その男は無遠慮に暴いていくのだった。

 

借金なんて嘘だった、

独身ということも嘘だった、

君を好きだと言ったことも、

君が「彼女」であったことも。

騙されてただけじゃないの?

君だって本当は

好きじゃなかったかもしれないよね。

まだ好きだったら連絡してみたらいいじゃん。

でもしないんでしょ?

そんなに好きじゃなかったんだよ。

 

 

 

何故出会ったばかりのよく知りもしない男に

こんな風に傷付けられなければならないのか。

 

 

けれど

違う、と

言えなかったことが

悔しかった。

 

 

私は彼のことを何も知らない。

 

トラックの運転手だった。

3人兄弟の真ん中だった。

車はCUBEとCROWNを持っていた。

29歳だった。

 

それから?

私は彼の何を知っていた?

 

 

「2週間で忘れさせる自信があるよ」

 

 

その男が不意にそう言った。

なんだ、そういうことか。

散々傷付けるようなことを言ったのも

全部そのためか、馬鹿馬鹿しい。

 

 

急におかしくなって

少し笑った後、こう言った。

 

「いいの。別に忘れたいなんて思ってないから」

 

 

何が真実かなど

どうだって良かった。

彼が本当は既婚者だったかもしれない、とか

借金があるなんて嘘なのかもしれない、とか

私を好きじゃなかったかもしれない、とか

私も彼を好きじゃなかったかもしれない、とか。

 

 

毎日毎日 無為に過ごしたのは

考えても仕方がないことを

延々と考えて過ごしたのは

そうすることが

私にとって必要だったからだ。

 

心を整理するために、必要だった。

 

誰かで埋めたいなんて

これっぽっちも考えなかった。

この傷は

私だけのものだからだ。

コンクリートに空いた穴を

粘土では埋められないからだ。

 

私は彼のことを何も知らなかった、

それを知っている。

私は彼とただの一度も関われなかった、

それを知っている。

 

だから他人に何を言われても

埋まるはずがないのだと気付いた。

 

時間をかけて少しずつ

自分の何かで埋めるべきものなのだ。

2週間やそこらで

他人が埋められるような

簡単な恋をしたつもりはない。

その途轍もなく無礼な男は

奇しくも

“時間をかけて埋める”という解決策を

気付かせてくれたのだった。

 

 

 

「埋める」ことと「忘れる」ことは違う。

忘れる方が楽ならそれでもいいのだろう。

けれど私は、埋めることを選んだ。

こうして時々掘り返しては眺めて

その度に

“前より辛くなくなった”と分かる。

彼と過ごした日々が

段々薄らいで

少しずつ忘れ始めていることにも、気付く。

埋めたものが私に溶け出して

馴染んで、また私の一部になるのだ。

こんな風に文字にして残すことも出来るのだ。

 

 

 

すぐに忘れようとしなくていい。

誰かで埋めようなんて思わなくていい。

時間がどれだけ掛かっても

それは捨ててはいけないものだ。

経験してきたことのすべてが

「私」を作るのだ。