「電話じゃない分だけは少しは誠実でしょ?」だってさ

雨が降っていた。

 

本当の気持ちを考えることはしなかった。

何も知らない方が楽だったからだ。

まだ大丈夫。もう少しだけ。

 

何も始まってなどいなかったのに

終わりだけはやってくるのだと 知った。

 

その日は、雨が降っていた。

 

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朝が来ても、いつも部屋は薄暗かった。

家の前には川が流れていて、その奥には林があった。

山奥の田舎の風景だった。

私は窓から見えるその風景がとても好きだった。

夜、屋根に登って星を眺めた。

金星が指でつまんで取れそうなほど輝いて見えた。

時々、車で夜の街へも出掛けた。

少し離れた大きな駅の屋台のラーメンを食べに行った。

何をするでもなく、ゲームセンターをぶらついた。

安い居酒屋へ飲みにも行った。

夜は真っ暗になる部屋で豆電球だけつけて話をした。

 

 10月。

たしか10月だったはずだ。

出会って半年、好きだと言われてから3ヶ月、家に転がり込んでから1ヶ月。

その日 私は処女を捨てた。

「あげた」のではなく、「捨てた」のだ。

 

終わりに向かって、そして、ひた走る。

 

大切に想ってくれる誰かを好きになれば良かったと思った。

幸せなど少しも感じなかった。

捨てたすぐ後で「あぁ、間違えた」と思ったのだった。

 

初めての相手と結婚だなんて幻想を持っていた訳ではない。

ただ、私だけを大切にしてくれる誰かにあげたかったと思った。

他の女とも寝ているような男にでなく、別の誰かに。

「初めてじゃない」なんて嘘をつかなければよかった。

そんな嘘を、見栄を張らなければ、もう少し大事にしてくれただろうか。

面倒臭いと思われたくなくて、見栄を張った。

自分のプライドや気持ちを優先したのだ。自業自得だった。

 

全てを手に入れたつもりでいた。

けれど、セックスをしたからどうだと言うのだろう。

何を手に入れたと言うのだろう。

手に入れたのは「セックスをした」という事実、ただそれだけ。

心が伴わないのならば、何をどうしても何も変わらない。

 

本当は傷付いていたのに、見ない振りをした。

何でもないことのように笑ってやり過ごした。

 そうするのが一番だと信じていた。

 

 夏の高揚感が跡形もなく消え去る頃、冬がやってくる。

冷たい空気と暗い部屋は心にも影響を及ぼすだろうか。

窓から見える景色が変わり、外へ出るのも億劫になった。

かといって何かを話すわけでもなく、ただ黙って部屋にいるのだ。

長い沈黙が辛かった。

何でもいい、何か話してほしい。

 

「妹のようにしか思ってない」

 

寝ている女の一人に電話でそう話していた。

やることはしっかりやっておいて今更それはないだろう、と思った。

もっと他に言い方がなかったのだろうか、と。

電話を切り、そして振り返り、

「お前のことも」

と、そう、言った。

 

妹みたいなものだって、分かってただろ

 

宙に浮いて繋がらない言葉達。

必死に意味を考える。

自然、涙が溢れてくる。

ここで泣いたら面倒臭い女だと思われる、と必死で平常心を装った。

もう寝ようかな、と背を向けた。

私を向き直らせ、見たこともないような冷たい顔で言った。

 

これから先、お前を女として好きになる見込みはない

 

豆電球の薄暗いオレンジ色の灯りの中で そうか、と思った。

 

 

外では雨が降っていた。